彼の人のエッセイ

5分で読める小説を書いています。

授業参観

「じゃあ次は、小林茜さん。よろしくお願いします。」

 

「はい!私の夢は、お母さんとお父さんに親孝行をすることです。ふたりには、いつまでも元気で、長生きして欲しいと思います。だから私は、家族の経営している居酒屋さんを継ぎたいと考えています。今もお手伝いをしているので、出来ると思います。

 

まず、お店の名前がお父さんの哲也からとった『焼き物てっちゃん』なのですが、すごくダサくて恥ずかしいので変えます。今っぽく横文字が流行りそうなので『パラダイスナイト』に変えさせてもらいます。これは私の大好きなビジュアル系バンドの楽曲から取ってきました。これで、若い女性やミュージシャンの方も来てくれるじゃないかと思います。

 

次に、いつもお店に来る常連さんがうるさくて迷惑してるので、会員制のバーにしたいと思います。あと、焼き物って服とか髪に臭いがつくし、なんか古臭いのでアヒージョとかが看板メニューだったらいいかななんて考えています。パラダイスナイト名物のパラダイスアヒージョが毎日たくさん売れます。

 

うちのお店、夫婦経営がこだわりだからって、アルバイトを雇っていないのですが、早急に雇います。こだわりとか言ってるけど、きっとジンケンヒを払いたくないだけなのだと思います。今は、ケイヒサクゲンの為にガイコクジンコヨウが主流だと思うので、パラダイスナイトでも積極的に手を出したいと考えています。これで、お母さんとお父さんに楽になってもらえるかなと思います。夫婦水入らずで、温泉旅行にでも行って欲しいな。その間は、私とフィリピン人でお店を回します。フィリピン人って言ったのは、私の中のコヨウイメージです。

 

最後に、私がいちばんやりたい事がフランチャイズです。きっと、パラダイスナイトは大きなお店になります。カメイテンに乗り出すお店も多いんじゃないかな。そこで2号店を出して、勢いがつけばいいなと思います。2号店の店長さんは、私のいちばん信頼のおけるお父さんにお願いしたいと思います。ごめんねお母さん、お母さんは3号店が出るまで待っててね。

以上で、『私の夢』の発表を終わります。」

 

 

「...あ、ありがとうございました!」

 

 

読んだ後に聴いて頂きたい1曲

くるり - chili pepper japones - YouTube

 

 

タイムカプセル

駅前再開発の報せには驚いた。北の大杉が伐採される。中学校を卒業する時、裕子は親友の恵と北の大杉の根元にタイムカプセルを埋めたのだ。

母校のA中学校は、クラス毎にタイムカプセルを埋める伝統があり、それを成人式の日に掘り起こす。大の担任嫌いだった裕子と恵はその一大イベントをすっぽかして、20歳の夜に泥酔のまま北の大杉の根元にタイムカプセルを埋めたのだ。10年後の三十路、ここに集まろうと、呂律の回らない2人は熱い抱擁を交わした。

 

恵に電話しても繋がらなかった。番号を変えたみたいだった。電話をかけるのは実に8年ぶりだったが、流石にショックに感じた。でも女の20代なんて何があってもおかしくないし、恵にも色々あったのだろう。金曜日の夜、缶ビールを開け煙草に火を点けた。ミュージックステーションでは20歳の新人アイドルがキラキラした表情でラブソングを歌っている。

"LOVE!!LOVE!!LOVE満開‼︎愛に生きるいたいけな少女"

背筋に毛虫が這うようなフレーズが聴こえたところでカーディガンを羽織り、冷蔵庫から取り出したさけるチーズを2つに割いた。私の20代は仕事に生きた。恵はどうだったのだろう。当時のことを思い出した。30になる頃には流石に結婚もしているし、子供もいるよねなんて話をした。現実は、旦那はおろか彼氏だって4年もいない。恵は学生の頃からよくモテたし、きっと結婚もしているんだろうな。そういえば、タイムカプセルに何を入れたんだろう。わずか10年前のことが、全然思い出せなかった。半分のさけるチーズを完食し、残りの半分はラップに包んで冷蔵庫にしまった。

 

急な連休ができたのは、それから2週間後のことだった。一部上場を目指す我が社にコンプライアンス部なるものができ、有休消化を促してきたのである。45歳独身趣味無しのハゲ課長が渋々顔で与えてきた連休。と言っても2連休だけだが、裕子は福島の実家に帰ることにした。そういえばもう3年は帰っていない。両親共々健在、共通の趣味であるDIYが加速して庭にロッジを手製で建設中である。

「もしもし。明日帰るから。」

淡白な会話の中で、しっかりと東京ばな奈を頼む母の口からは、恵の情報を聞くことはできなかった。

 

東京駅まで行き、そこから高速バスで3時間半。いわき市は思ったよりも近い。その気になれば毎週末帰ることだって可能なくらいだ。最寄駅までは行かず、そこからタクシーで帰ることにした。北の大杉には明日の10月23日に訪れると決めていた。タクシーの運転手がしきりに帰省ですかと聞いてくる。懐かしい方言が逆に耳障りでウンザリしたが、再開発についても色々と教えてくれた。反対している人も多く、当の本人も反対派なんだという。行きつけのスナックが潰れただの興味のない話を流して聞いていたが、気になる話があった。毎日、再開発地をフェンス越しに眺めている若い女性がいるという。恵かもしれない。そう思った。大学は東京だったが、今はこっちにいるのだろうか。若い女性か。私もまだまだ若いんだなと、頬をさすって少しだけにやけてみたけど、ミラーに写った老け顔の運転手を見てまたウンザリした。カーラジオからは20歳の新人アイドルの陽気な猫撫で声が聴こえてきた。

 

晩ご飯はバーベキューだった。絶賛建設中のロッジもテラス部分は完成済みで、バーベキューセットを囲んで大人が3人座れる程の広さがあった。10月も後半に差し掛かり、正直寒かった。ここは東北だ。でも、1人娘を楽しませたい両親の気持ちが嬉しかった。トイレに行くついでに、ポケットに入れておいた携帯電話を部屋に置いてきた。メインの大きなステーキ肉を3つに切り分け、3人で残さずに食べた。

 

ビニールの擦れるような音で目を覚ました。朝。雨が降っていた。リビングには朝食〜昨日のバーベキューの余りを温めたもの〜が用意してあった。裕子が食卓につくと、ぞろぞろと家族が集まり、また3人で食べた。昨夜とは打って変わって無口な両親だった。身支度を済ませて、別れを告げた。ひと通り手を振り終えた両親はその足でロッジの中へと消えていった。雨除けで青いビニールシートが被さっており、まるで異空間に吸い込まれて行くようだった。

 

10分程歩いて、最寄駅へ到着した。駅前の様子は、かつての姿とは変わっていた。改札の外からすぐにフェンスが構えており、北側は完全に隔離されているようだった。北の大杉は改札から50メートル程先にあったはずだ。裕子は肩に寄りかかっていた傘を持ち直し、向かった。

 

北の大杉の方から大きな声が聞こえた。男の声と、若い女性の声。裕子はそれ以上近づくのをやめ、遠くから目をやった。群れをなす開発員に取り押さえられ、敷地から追い出されそうになっている女性が見えた。恵だった。茶色いロングヘアは雨に濡れ、幾重もの束になっていた。右手にはシャベルを持っている。

「離して!今日掘るの!戻らなきゃいけないの!離してよ。」次第に野次馬が集まり始めた。それでも叫ぶ事をやめない恵を見て、裕子は胸が熱くなった。正直、事情がわからないしどうすれば良いのか全く分からなかったけど。

力なく肩に寄りかかった傘は、強く吹いた向かい風に飛ばされていった。

 

不意に目をやった恵の視線が裕子の姿を写したのは、騒ぎから5分程経った後だった。恵はすぐに叫ぶのをやめた。そしてポケットから携帯電話を取り出し、いじりだした。開発員や野次馬達は、その変わり様に驚き恵から距離を取った。

しばらくして、裕子の携帯電話が震えた。不明の宛先からのメールだった。

 

"誕生日おめでとう"

 

すぐに恵の方を見た。ぎこちなく笑いながら裕子を見つめていた。

 

""あなたも""

 

"ありがとう"

 

""元気だった?""

 

"うん。ねぇ、この後時間があったら、お話ししない?"

 

""まってて""

 

魔法のストップウォッチで時間が止められたかの様に固まっている開発員や野次馬を横目に、裕子は吹き飛んだ傘を取りに向かいながら電話帳を開いた。45歳独身趣味無しのハゲ課長に有給追加のお願いをしなくちゃ。電話をしながら、今夜は2人でロッジに泊まりたいななんて考えていた。

 

 

 

読み終えたら聴いて頂きたい1曲

Salyu「VALON-1」 - YouTube

 

 


 

盗塁のサインを無視して

監督が帽子のつばを触り、胸を撫で下ろした。

 

年上で格上の相手エースが放った火の出るようなストレートを目一杯振り抜いた僕の打球は、夜な夜なセッタイで遅く帰って来る父さんの足取りみたいにふらふらと、一瞬、時間が止まったかの様に野手の間にポトリと落ちた。地方大会の1回戦、まばらな客席からは僕の名前を叫ぶ母さんの声が響いている。父さんはフツカヨイで辛そうだ。

ノーアウトランナー1塁。盗塁をするのだけは絶対に嫌だった。2塁ベースの方に目をやる。ショートには同じリトルリーグだった啓介が立っていた。

 

啓介はチームきってのいじられ役で、温厚な性格から何をされても怒ることがなく、笑って許してくれた。僕もリトルリーグの練習では啓介いじりに勤しんでいた。

小学校6年生で初めて同じクラスになり、野球以外でもいじりの場を得た僕はやりたい放題だった。リコーダーの中にウィダーインゼリーを流し込み、吹くと穴からゼリーがニュルニュルと出るようにしたり、椅子の両脇に大きな羽を付けて、インスタ映えをさせたりした。それでも啓介は怒らなかった。

ある保健体育の授業で、クラスのみんなはペニスという言葉を習った。今まで聞いたことのない独特なその言葉はたちまちクラスの関心をさらっていった。男子が女子にその言葉を耳打ちし、走り去るという通り魔的案件も多発した。

そんなペニスブーム絶頂期、僕は何の気なしに啓介の事をペニ介と呼んでみた。それを聞いたクラスメイト達が真似してそう呼ぶようになり、驚く程のスピードで校内に広まってしまった。啓介は完全にペニ介になったのだった。

ある日、いつものように啓介にペニ介いじりをしようと話しかけた時に事は怒った。あの温厚な啓介がブチ切れたのだ。今までの鬱憤を晴らすかのようにキレ続ける啓介に、僕は唖然と立ち尽くしていた。

それからお互い声を交わすもなく卒業し、僕達は別々の中学校に進学した。

 

監督のサインは盗塁。僕は深いため息をついた。これから僕はチームの勝利の為、3年もの間気まずい関係にある男の元へと走る訳だ。逆方向に走り出して、間違えましたとでも言い訳してみようか。そうこう考えているうちにピッチャーがセットポジションに入ってしまった。サインを無視して監督に叱られるか、はたまた。

投球モーションに入ると同時にランナーコーチャーやベンチからGOという声が響いた。僕は思い切り走り出した。耐えられなかった。ペニ介の件は、完全に僕が悪い。サインを無視したら、また僕は悪い。もう悪者になりたくない。

必死に、全力で走った。視界には、2塁ベースのカバーに入るショートの姿が映り込む。

スライディングした僕の耳に、審判のセーフの声が聞こえた。恐る恐る顔を上げた。砂埃の中から、懐かしい顔が覗いた。タッチしたグラブを僕のつま先から離していく。

「あの時は、ずっと、ごめん」気がつくと、そう呟いていた。

「ナイスラン」啓介はそう言うと、再び僕にグラブを近づけて、そっと股間にタッチしてきた。バカ、やめろよと手で撥ね退けた。僕の頭の中では啓介の声がずっと反響していて、母さんの雄叫びは全く耳に届かなかった。

 

試合は3対1で、僕のチームの負けだった。帰ったら時間があるし、友達にでも電話をしてみようと思った。

 

 

読み終えたら聴いて頂きたい1曲

電気グルーヴ 『Baby's on Fire』 - YouTube