彼の人のエッセイ

5分で読める小説を書いています。

タイムカプセル

駅前再開発の報せには驚いた。北の大杉が伐採される。中学校を卒業する時、裕子は親友の恵と北の大杉の根元にタイムカプセルを埋めたのだ。

母校のA中学校は、クラス毎にタイムカプセルを埋める伝統があり、それを成人式の日に掘り起こす。大の担任嫌いだった裕子と恵はその一大イベントをすっぽかして、20歳の夜に泥酔のまま北の大杉の根元にタイムカプセルを埋めたのだ。10年後の三十路、ここに集まろうと、呂律の回らない2人は熱い抱擁を交わした。

 

恵に電話しても繋がらなかった。番号を変えたみたいだった。電話をかけるのは実に8年ぶりだったが、流石にショックに感じた。でも女の20代なんて何があってもおかしくないし、恵にも色々あったのだろう。金曜日の夜、缶ビールを開け煙草に火を点けた。ミュージックステーションでは20歳の新人アイドルがキラキラした表情でラブソングを歌っている。

"LOVE!!LOVE!!LOVE満開‼︎愛に生きるいたいけな少女"

背筋に毛虫が這うようなフレーズが聴こえたところでカーディガンを羽織り、冷蔵庫から取り出したさけるチーズを2つに割いた。私の20代は仕事に生きた。恵はどうだったのだろう。当時のことを思い出した。30になる頃には流石に結婚もしているし、子供もいるよねなんて話をした。現実は、旦那はおろか彼氏だって4年もいない。恵は学生の頃からよくモテたし、きっと結婚もしているんだろうな。そういえば、タイムカプセルに何を入れたんだろう。わずか10年前のことが、全然思い出せなかった。半分のさけるチーズを完食し、残りの半分はラップに包んで冷蔵庫にしまった。

 

急な連休ができたのは、それから2週間後のことだった。一部上場を目指す我が社にコンプライアンス部なるものができ、有休消化を促してきたのである。45歳独身趣味無しのハゲ課長が渋々顔で与えてきた連休。と言っても2連休だけだが、裕子は福島の実家に帰ることにした。そういえばもう3年は帰っていない。両親共々健在、共通の趣味であるDIYが加速して庭にロッジを手製で建設中である。

「もしもし。明日帰るから。」

淡白な会話の中で、しっかりと東京ばな奈を頼む母の口からは、恵の情報を聞くことはできなかった。

 

東京駅まで行き、そこから高速バスで3時間半。いわき市は思ったよりも近い。その気になれば毎週末帰ることだって可能なくらいだ。最寄駅までは行かず、そこからタクシーで帰ることにした。北の大杉には明日の10月23日に訪れると決めていた。タクシーの運転手がしきりに帰省ですかと聞いてくる。懐かしい方言が逆に耳障りでウンザリしたが、再開発についても色々と教えてくれた。反対している人も多く、当の本人も反対派なんだという。行きつけのスナックが潰れただの興味のない話を流して聞いていたが、気になる話があった。毎日、再開発地をフェンス越しに眺めている若い女性がいるという。恵かもしれない。そう思った。大学は東京だったが、今はこっちにいるのだろうか。若い女性か。私もまだまだ若いんだなと、頬をさすって少しだけにやけてみたけど、ミラーに写った老け顔の運転手を見てまたウンザリした。カーラジオからは20歳の新人アイドルの陽気な猫撫で声が聴こえてきた。

 

晩ご飯はバーベキューだった。絶賛建設中のロッジもテラス部分は完成済みで、バーベキューセットを囲んで大人が3人座れる程の広さがあった。10月も後半に差し掛かり、正直寒かった。ここは東北だ。でも、1人娘を楽しませたい両親の気持ちが嬉しかった。トイレに行くついでに、ポケットに入れておいた携帯電話を部屋に置いてきた。メインの大きなステーキ肉を3つに切り分け、3人で残さずに食べた。

 

ビニールの擦れるような音で目を覚ました。朝。雨が降っていた。リビングには朝食〜昨日のバーベキューの余りを温めたもの〜が用意してあった。裕子が食卓につくと、ぞろぞろと家族が集まり、また3人で食べた。昨夜とは打って変わって無口な両親だった。身支度を済ませて、別れを告げた。ひと通り手を振り終えた両親はその足でロッジの中へと消えていった。雨除けで青いビニールシートが被さっており、まるで異空間に吸い込まれて行くようだった。

 

10分程歩いて、最寄駅へ到着した。駅前の様子は、かつての姿とは変わっていた。改札の外からすぐにフェンスが構えており、北側は完全に隔離されているようだった。北の大杉は改札から50メートル程先にあったはずだ。裕子は肩に寄りかかっていた傘を持ち直し、向かった。

 

北の大杉の方から大きな声が聞こえた。男の声と、若い女性の声。裕子はそれ以上近づくのをやめ、遠くから目をやった。群れをなす開発員に取り押さえられ、敷地から追い出されそうになっている女性が見えた。恵だった。茶色いロングヘアは雨に濡れ、幾重もの束になっていた。右手にはシャベルを持っている。

「離して!今日掘るの!戻らなきゃいけないの!離してよ。」次第に野次馬が集まり始めた。それでも叫ぶ事をやめない恵を見て、裕子は胸が熱くなった。正直、事情がわからないしどうすれば良いのか全く分からなかったけど。

力なく肩に寄りかかった傘は、強く吹いた向かい風に飛ばされていった。

 

不意に目をやった恵の視線が裕子の姿を写したのは、騒ぎから5分程経った後だった。恵はすぐに叫ぶのをやめた。そしてポケットから携帯電話を取り出し、いじりだした。開発員や野次馬達は、その変わり様に驚き恵から距離を取った。

しばらくして、裕子の携帯電話が震えた。不明の宛先からのメールだった。

 

"誕生日おめでとう"

 

すぐに恵の方を見た。ぎこちなく笑いながら裕子を見つめていた。

 

""あなたも""

 

"ありがとう"

 

""元気だった?""

 

"うん。ねぇ、この後時間があったら、お話ししない?"

 

""まってて""

 

魔法のストップウォッチで時間が止められたかの様に固まっている開発員や野次馬を横目に、裕子は吹き飛んだ傘を取りに向かいながら電話帳を開いた。45歳独身趣味無しのハゲ課長に有給追加のお願いをしなくちゃ。電話をしながら、今夜は2人でロッジに泊まりたいななんて考えていた。

 

 

 

読み終えたら聴いて頂きたい1曲

Salyu「VALON-1」 - YouTube